あ ゆ み

 

 小さい頃は病気(大きい病気はしていないが)ばかりしていた。

田舎に住んでいたため、車で1時間程かけて小児科、皮膚科、眼科とよく連

れて行っていた。


保育園に入ると丈夫になってきたが、わんぱくぶりも大したものだった。
   
 
この頃は、石焼き芋の「い〜しや〜きいも〜」の声をすごく怖がっていた。

悪い子ちゃんの時は「石焼き芋が来るよ」が効果覿面。

焼き芋屋さんごめんなさい。

私が泣くとみるみるベソ顔になって泣き出したりしていた。

ヒロパパの実家にもお泊りできない甘えん坊さんだったね。
   超わんぱく盛り。

このサマーセーターは手作り。

ヒロが小さい時は、先生が同じ団地にいたので一年中

編み物していた。

ふざけた顔ばかりして写真に写るのは小さい時からだね。
   
小学3年生のある日「おかあさん、ぼくスポーツ少年団に入るよ!野球やる」と言い出した。

運動神経は抜群だった。家の中でゲームをやるタイプではない。ランドセルを放り投げ公園に行く子供だったので

いいかもしれないと思いすぐ入団した。それから毎週土日は私も娘もグランドに行った。

少年団では、ピッチャーで4番、キャプテンもまかされ頑張っていた。わかしゃち国体にも出れた。

練習でも試合でも私がいないとダメで、かっこいいとこ見せたかったんだよね。

いつも一緒だったね。試合に負けて一緒に泣いたり、勝って今日はステーキだねって喜んだり・・・

貴重な親子の時間を過ごさせてもらった。このユニホームとグローブは棺に入れた。

中学も当然野球部。ピッチャーで4番。中学にもなると試合や練習試合は親はほとんど見に来ないが、私ともう一人の親

だけは毎回行った。

ヒロも私が来るのが当然で来ないと「なんで来んの?」って感じ。

なんでも話してくれていた。友達の事も・・・だからその子のお母さんより私の方がよく知ってるなんて事もあった。

反抗期なんてなかったなぁ。ヤンチャはしたけど家族が大好きでいつも一緒にいた。きっと人の一生分、一緒にいたかもしれない

早く天界へ戻る事がわかっていたかのように・・・



中学の学園祭ではバンドを組み、初めて触るドラムを一生懸命練習したね。その頃大好きだったGLAYとルナシーをやったね。

卒業前、野球で4校の高校から誘いが来た。

ずっと野球をやると思っていた・・・自分でもそう言っていたがやめてしまった。

大人になって「野球やりたい!」ってよく言ってた。

 
孫が、この間まで「ぼくはホンダになるんだ!」と言ってサッカーに

興味があったが、しっかりスポーツ少年団に入り野球をやっている。

顔もそっくりだが、やっぱりヒロの子供だね。楽しみだね。



楽しかったなぁ〜。野球三昧の日々。いい思いを一杯させてもらった。



   「ヒロ、たくさんの楽しい思い出

                 ありがとう!!」
 
       
       
     
友達が持ってきてくれた写真

「もっちゃんが一番いい時だよ。」って・・・

私のミクシィでの”もっちゃん”はヒロが友達から

呼ばれていたニックネームなんです。
     
       
 
かわはぎの顔らしい・・・

   
働いていたお店で・・・
 
 


EXILEのエターナル、お母さんの誕生日に

歌ってくれたね。

忘れないよ・・・

お母さんの方が



・・・・・ありがとう 
 
 

娘の成人式。私の弟とヒロパパは仲が良かったが離婚により会

う事はなかった。 前からヒロは二人を会わせたがっていた。

この日、会わせようとヒロが計画した。

弟の携帯に何度も何度も電話し「まだ?」と催促した。

そして娘、ヒロ、私の弟、ヒロパパは4人で食事をし再会を楽し

んだ。「おっとーはこっちにはあんまり友達いないから頼むね」と

弟に言った。とにかく人と人を取り持つ事が好きだった。

いじめられてる子とよく遊んでいた。かといって野球仲間と遊ん

だり野球仲間じゃない子と遊んだり。中学の時は、いじめられて

る子を自分のグループに入れて仲間になったと聞いた。

最近、女友達が教えてくれた。

「もっちゃんから暗い話を聞いた事がないよ。だから一人暮

らししてて悩んで落ち込んでる時はもっちゃんに電話するの

そうやっていつも元気をもらってたんだよ」って・・・

人脈の広さはお別れの時に知った。

ヒロの事何もわかっていなかったね・・・と泣いた。

娘よりヒロの方が嬉しそうな成人式だった。

写真嫌いのヒロ


これが最後の写真になってしまった・・・
 
     
     
 
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